親が認知症と告げられた、あるいは年齢を重ねて判断に不安があるという理由だけで、家を売れるか売れないかは決まりません。売却を考える前に確認すべきは、登記上の所有者が誰か、現在誰が住んでいるか、所有者本人が売却をどう考えているか、その取引を理解できるか、誰にどのような権限があるかです。診断名、年齢、施設入居の有無は、これらの確認を怠る理由にはなりません。
登記上の所有者と現在の居住者を分ける
「親の家」と一口に言っても、登記上の名義人、現在の居住者、鍵を持っている人、日常的に管理している人がそれぞれ違うことがあります。
まず確認すべきは、登記事項証明書等で名義人が誰か、親本人の単独所有か共有か、名義人が存命か、現在誰が居住または利用しているかです。親本人が所有者であっても配偶者や他の親族が住んでいる場合、賃借人がいる場合、親本人と一緒に住んでいる家族がいる場合など、居住関係は取引の前提を大きく変えます。所有者と居住者を同じ人として扱わず、それぞれの立場を記録します。
売却対象が所有者本人や家族が現在居住している家である場合、処分にあたって追加の確認が関わることがあります。これは後のセクションで扱います。
所有者本人の売却意思を家族の意向と分けて確認する
子どもや親族が「家を売るべきだ」と考えていても、それは所有者本人の売却意思とは限りません。
確認すべきは、所有者本人が売却を希望しているか、検討中か、売りたくないか、まだ決められないか、確認が取れていないかです。重要なのは、この意思を誰がどう確認したかです。家族が「親はたぶん売るつもりだ」と申告しただけなのか、本人に直接確認したのか、直接確認できたのは一部だけか、専門家による面談を予定しているかを区別します。
家族の介護負担、施設費の不安、遠距離管理の負担が大きくても、それを本人の売却意思として扱いません。本人意思を家族でどう確認するかは、LT-007「家族会議で親の家の話をする前に整理すること」も参考になります。
診断名・年齢・施設入居だけで意思能力を判断しない
認知症の診断名を聞いた、年齢が高い、施設に入っている、といった事実だけでは、不動産売却という具体的な取引を理解し判断できるかを決めることはできません。
意思能力とは、その取引の内容を理解し、結果を見通して意思を示せるかという、取引ごとの確認です。「認知症なら売れない」とは書けませんし、逆に「認知症の診断はあるが売れる」とも確定できません。同じ診断名でも取引への理解度は異なりますし、時期によっても変わり得ます。
能力への懸念がある場合も、懸念がない場合も、いずれも専門確認の要否を含めて整理します。家族の観察、日常の会話、これまでの判断履歴は参考になりますが、それだけで当該売買の理解能力を確定するものではありません。司法書士や弁護士等の専門家が、本人面談を通じて確認することが必要になる場合があります。
権限経路を本人直接・通常委任・後見等で分ける
家の売却手続を誰がどのような権限で行えるかは、一本の線ではなく、複数の経路に分かれています。
大きく分けて、所有者本人が直接行う、委任状に基づく通常の代理、任意後見や法定後見等の制度に基づく代理、共有者との共同行動などがあり、それぞれ権限の根拠と範囲が異なります。「委任状があれば問題ない」とは書けません。委任状がある場合でも、それを作った時点と現在の状況、委任の対象と範囲が当該取引に及ぶか、本人確認の方法が整っているかを別途確認します。
権限経路が未確定の場合は、専門家による確認を経てから進めます。本人直接、通常委任、後見等を同一視せず、現在の取引にどの経路が適用されるかを記録します。
委任状がある場合でも確認すること
家族が委任状を持っている場合、確認すべきことがいくつかあります。
委任状がいつ、どのような状況で作成されたか。作成時点で本人が委任内容を理解していたか。委任の対象に当該不動産の売却が含まれているか。媒介契約、価格決定、売買契約の締結、代金受領、所有権移転登記、引渡し等の各手続が権限に含まれているか。委任の有効期限や取消の有無。現在の本人の状況と委任時の状況に変化がないか。これらを確認せずに「委任状があるから売れる」とは扱いません。
委任状の範囲が不明確な場合や、本人の状況が委任時から変わっている場合は、専門家による見直しが必要になることがあります。
成年後見等の制度が関係する場合
後見、保佐、補助、任意後見等の制度が関係している場合も、「制度を使えば必ず売れる」とは限りません。
まず、どの制度が、どの段階にあるかを確認します。任意後見契約は結ばれているがまだ効力が生じていない、任意後見監督人の選任がされて効力が発生している、法定後見(成年後見・保佐・補助)が開始している、申立中である、いずれでもない、などです。任意後見契約の存在と、効力発生後の代理権は区別します。
制度が関与する場合でも、居住用不動産の処分には追加の制限や確認が関わることがあります。制度の種類と権限の範囲、本人の生活の基盤となる住まいかどうか、家庭裁判所の関与の有無を、勝手に判断せず専門家へ確認します。
居住用不動産の処分は追加確認を要する
売却対象が、所有者本人または家族が現在居住している家である場合、投資用不動産とは異なる配慮が関わります。
所有者本人が現在住んでいる家を売却する場合、売却後の住まいの手配、本人の同意と理解、居住用不動産の処分に特有の制限や確認の有無を整理します。後見等の制度が関与する場合は、居住用不動産の処分について、制度ごとに定められた手続がある場合があります。これらは記事の一般情報で確定できることではありません。
配偶者や家族が居住している場合は、その居住者の立ち退き、住み替え先、同意の有無も別途確認します。居住者のいる家を、所有者の売却意思と権限だけ確認して売却を進めると、後で問題になることがあります。
本人確認・意思確認の方法を記録する
不動産会社や司法書士等が取引に関わる際、所有者本人の本人確認と意思確認が求められます。
確認の方法は、本人に直接会って確認したか、面談を予定しているか、未着手か、確認が困難だったかを記録します。家族が本人の意思を代弁することと、専門家が本人から直接意思を確認することは同じではありません。代理申告だけが残っている場合は、直接確認の可能性を検討します。
本人確認が困難な状況にある場合、どのような方法で意思を確認できるかは、取引に関わる専門家や、必要に応じて司法書士・弁護士等の助言を仰ぐ領域です。
意思・能力・権限に未整理がある時の進め方
所有者本人の売却意思が確認できない、能力への懸念がある、委任や後見の状況が整理されていない、本人確認の方法が未定、これらのいずれかが残っている場合は、売却を急がないことが基本です。
認知症の診断や高齢を理由に、家族が本人の意思や権限を推定して取引を進めることは、本人の権利を損なうおそれがあります。確認が進むまでの間は、売る・貸す・残す・待つという選択肢を比較しながら保留できます。詳しい比較は、LT-002「実家は売る・貸す・残す・待つ?」へ進みます。
親本人が施設に入居している場合は、LT-004「親が老人ホームに入った後の家はどうする?」が、施設入居後の住まい全体の判断順を扱います。本記事と併せて確認することで、意思能力・代理権の整理と住まいの判断を分けて進められます。
元気なうちに確認しておく意味
意思能力や代理権の問題は、いざという時に一度に整理するのは難しい面があります。親本人が元気なうちに、本人の住まいに関する希望や、将来の売却・住み替えへの考えを確認しておくことは、後の負担を減らします。
これについては、LT-003「元気なうちに親の家のことを確認しておく」が、事前の確認ポイントを整理しています。事前の確認は、委任状や任意後見契約の準備を含めて、本人が判断能力を保っている段階で行うことで選択肢が広がります。ただし、事前準備があった場合でも、実際の売却時には改めて当該取引の能力と権限を確認します。
まとめ
認知症の親名義の家を売る前は、診断名や年齢で判断せず、次の順番で整理します。
- 登記上の所有者と現在の居住者を分ける
- 所有者本人の売却意思を、家族の意向と分けて直接確認する
- 診断名・年齢・施設入居ではなく、当該取引の理解能力を確認する
- 権限経路を本人直接・通常委任・後見等で分ける
- 委任状がある場合でも、作成時期・範囲・本人の現状を確認する
- 成年後見等の制度が関わる場合でも、制度の段階と居住用不動産の制限を確認する
- 居住用不動産の処分に追加確認が必要かを整理する
- 本人確認・意思確認の方法を記録する
- 未整理が残る場合は売却を急がず、必要な専門家へ相談する
意思能力、代理権、後見制度の適用は、本記事の一般情報で確定できることではありません。確認が進むまでの間は、売却を保留し、状況が整理されたところから再開します。
確認範囲
本記事は親名義の家の売却前に確認すべき順番を整理する一般情報です。意思能力の有無、委任・代理権の有効性、成年後見等の制度の適用と権限範囲、居住用不動産処分の制限、本人確認の方法、具体的な登記手続を確定するものではありません。認知症の診断名、年齢、施設入居の事実だけで意思能力や代理権を判断せず、必要な専門確認を経ずに売買・契約・登記・引渡し等を実行しないでください。