「サイトの価格」で出したのに、なぜ売れないのか
家を売ろうと決めたとき、まず目にするのは不動産情報サイトに載っている「取引価格」です。近所の物件が〇〇万円で売りに出ていた、このエリアの平均はこれくらい——そんな数字を見て「うちもこれくらいで売れるはず」と希望価格を決めるのは自然な流れでしょう。
しかし、その価格で売り出し(出物)として掲載されても、実際に買い手がついて成立する価格は、多くの場合まったく別の数字になります。希望価格のままで何ヶ月も売れ残る物件、値下げを繰り返してようやく成約に至る物件——この「サイトに出ている価格」と「実際に売れた価格」のずれこそが、売却計画を立てるうえで最も知りたい、そして最も見えない情報です。
本記事は、国土交通省が公開する「成約価格情報(実際に成立した価格)」と「取引価格情報(出物希望価格)」を21年分(2005〜2025年)突き合わせ、都道府県×戸建て/マンション別にこのずれを可視化します。売り主の希望額がどこまで現実になるのか、その答えの目安をデータで示します。
「取引価格」と「成約価格」の違い —— 乖離率とは何か
まず用語を整理します。
- 取引価格情報 = 不動産サイトに掲載される時点での出物希望価格(売り主の希望額)を集計したもの
- 成約価格情報 = 実際に買い手がついて成立した価格を集計したもの
両者のずれを「乖離率」と呼び、次の式で測ります。
乖離率(%) = (取引中央値 − 成約中央値) / 成約中央値
読み方が重要です。本記事では符号を次のように約束します。
- 正の値 = 取引(出物)のほうが高かった = 値下げして成約した(買い手優勢)
- 負の値 = 成約のほうが高かった = 予算を上回って成約した(売り手優勢)
つまり乖離率が大きくプラスの県ほど「出物価格から大幅に値下げしないと売れない」構造で、マイナスに振れるほど「出物以上の価格で成約する」売り手有利な市場と言えます。
データの集計条件
記事の数字はすべて次の条件で集計しています。
| 項目 | 条件 |
|---|---|
| 出典 | 国土交通省「不動産取引価格情報・成約価格情報」 |
| 期間 | 2005年第1四半期〜2025年第4四半期(21年・82期) |
| 単位 | 坪単価の中央値(平均値は外れ値汚染のため不使用) |
| 除外 | 価格100万円未満の取引 |
| フィルタ | 各都道府県×種別で N≥30 を満たす組合せのみ |
結果として分析対象は93セル(マンション47都道府県すべて+戸建て46セル)です。「全国平均〇%」のような全体集計値は本データに存在しないため、本記事では使っていません。
戸建て: 地方ほど値下げ幅が拡大 —— 値下げ上位5県
戸建て(宅地:土地と建物)で、出物希望価格から大きく値下げして成約している5県です。乖離率が大きい(プラスに振れる)ほど値下げ幅が大きいことを意味します。
| 順位 | 都道府県 | 乖離率 | 成約 N | 取引 N |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 鹿児島県 | −69.4% | 902 | 22,508 |
| 2 | 大分県 | −61.3% | 1,173 | 15,000 |
| 3 | 長野県 | −60.9% | 491 | 33,365 |
| 4 | 宮崎県 | −60.7% | 875 | 16,386 |
| 5 | 佐賀県 | −59.5% | 459 | 9,916 |
1位の鹿児島県は −69.4%。出物価格の中央値が成約中央値より7割近く高い、つまり出物価格から大きく値下げしないと成約に至らない構造です。大分(−61.3%)、長野(−60.9%)、宮崎(−60.7%)、佐賀(−59.5%)と続き、上位5県はいずれも値下げ幅が6割前後に達します。
ここから見える構造は明快です。地方圏の戸建てほど出物価格が高く設定されがちで、成約段階で大幅に値下げされる傾向があります。もしサイトの表示価格を鵜呑みにして売り出すと、想定よりかなり安い価格での成約を余儀なくされるリスクがある、というのがデータの示唆です。ただしこれは過去21年の構造描写であり、将来の個別価格を保証するものではありません。
戸建て: 都市部は売り手市場 —— 愛知・奈良・東京
同じ戸建てでも、乖離率がほぼゼロ、あるいは成約が出物を上回る県があります。
| 都道府県 | 乖離率 | 成約 N | 取引 N | 読み |
|---|---|---|---|---|
| 愛知県 | 0.0% | 15,199 | 114,044 | 出物=成約でほぼ一致 |
| 奈良県 | +0.5% | 5,138 | 25,350 | 成約がわずかに上回る(売り手優勢) |
| 東京都 | −1.8% | 29,093 | 208,045 | 値下げ幅はごく小さい |
| 広島県 | −4.0% | 3,712 | 44,938 | ほぼ均衡 |
愛知県戸建ては 0.0% で、出物希望価格と成約価格の中央値がほぼ一致します。奈良県は +0.5% とごくわずかにプラス、つまり成約のほうが取引を上回る売り手優勢のシグナルです。東京都(−1.8%)、広島県(−4.0%)も値下げ幅が小さく、売り手と買い手がほぼ均衡する市場です。
鹿児島(−69.4%)と愛知(0.0%)を並べると、同じ「戸建て」でも地方と都市部で値下げ幅の構造がまったく違います。売却戦略を立てるときは、自分の物件がどちらの構造に近いかを押さえることが出発点になります。
マンション: 戸建てほどの地域差はない —— 範囲と代表値
マンション(中古マンション等)になると、戸建てで見られたような極端な値下げは見えにくくなります。
和歌山県の外れ値(後述)を除くと、マンションの乖離率は −31.8% 〜 +14.3% の範囲に収まり、大部分が ±32%以内 に集中します。戸建ての鹿児島−69.4%のような極端値はマンションでは出ません。
値下げ幅が大きい側の代表値です。
| 都道府県 | 乖離率 | 成約 N | 取引 N |
|---|---|---|---|
| 宮崎県 | −31.8% | 496 | 1,603 |
| 沖縄県 | −31.8% | 1,798 | 2,757 |
| 大分県 | −26.7% | 869 | 3,685 |
いずれも戸建ての上位陣(−6割台)と比べると値下げ幅は小さく抑えられます。またマンションは47都道府県すべてで N≥30 を満たす(47セル)のに対し戸建ては46セルで、マンションのほうが取引量が多く価格形成も安定していることが、地域差の小ささの一因と考えられます。
(コラム)和歌山マンションの+50%は例外 —— 期間偏りに注意
ここだけ数字が飛び出します。和歌山県マンションの乖離率は +50.0%(成約 N=663 / 取引 N=1,164)。出物より成約のほうが5割高い、強い売り手優勢に見えます。
しかしこれを「地方マンションは値上がり成約する」と一般化してはいけません。反証チェックの結果、和歌山の+50%は主に期間偏りによるものです。成約価格情報は直近5年(2021〜2025年)のみで、年別中央値は33万円〜44万円の範囲で安定しています。一方、取引価格情報はより長期のデータを含むため、両者の比較対象期間が非対称になります。+50%はこの非対称の産物であり、和歌山の構造そのものを表す数字ではありません。本記事では和歌山を例外として除外したうえで「大部分が±32%以内」と読んでいます。
なぜ「中央値」なのか —— 外れ値に負けない集計
坪単価を集計する際、本記事はすべて中央値を使います。理由はデータに混じる外れ値です。坪単価の最大値は 約10億円(1坪あたり)に達する件があり、面積が極端に小さい物件と高額取引の組合せによるデータ異常です。
単純な加算集計(平均)だと、こうした外れ値に引っ張られて実態を反映しません。中央値は順位の中間値をとるため外れ値の影響を受けにくく、各都道府県の典型的な価格水準を安定して示せます。本briefでは平均値の使用を禁し、全指標を中央値で集計しています。
あなたの家の値下がりリスクを診断する3つの要点
記事の数字はすべて過去21年(2005〜2025年)の構造を示すものであり、将来の価格を保証するものではありません。しかし、売却を検討する方が押さえておくべき要点は次の3点に集約されます。
- 所在地の構造を確認する。戸建ては地域による値下げ幅の差が大きく、鹿児島−69.4%と愛知0.0%が共存します。地方圏ほど「出物価格から値下げして成約する」傾向が強いことを念頭に、サイトの表示価格をそのまま売却予想額としないことが重要です。
- 戸建てとマンションで振れ幅が違う。マンションは地域差が比較的小さく大部分が±32%以内に収まるため、戸建てほどの値下げリスクの振れ幅は見えません。種別によってリスクの見立てを変える必要があります。
- 個別の価格見立てには成約データが要る。物件の所在地・種別・築年を踏まえた個別の価格見立てが必要であり、成約データに基づく客観的な目安を得るには専門家の査定が有効です。
ご自身の家がどの構造に近いか、成約ベースの客観的な目安を知りたい方は 無料査定を依頼 からご相談ください。
集計条件まとめ: 出典=国土交通省「不動産取引価格情報・成約価格情報」/期間=2005年第1四半期〜2025年第4四半期(21年・82期)/単位=坪単価の中央値/価格100万円未満は除外/各都道府県×種別で N≥30 の組合せのみ(93セル)/乖離率(%)=(取引中央値−成約中央値)/成約中央値。正=値下げして成約、負=成約≥取引。
出典: 国土交通省 不動産取引価格情報・成約価格情報