公示地価と成約価格は何が違うのか
「公示地価」は毎年1月に国が発表する土地の評価額で、固定資産税や相続税の算定に使われます。一方、不動産が実際に売買された価格(成約価格)は、市場の需給で動きます。両者は同じ「土地の価格」でも、評価の目的・時点・対象地の選び方が異なるため、必ずしも一致しません。
本稿は、国土交通省の成約価格情報と地価公示・基準地価を市区町村単位(city_code)で結合し、「成約中央値が地価中央値からどれだけ乖離しているか」を定量化します。乖離率は 100×(成約中央値−地価中央値)/地価中央値 で定義し、正の値は成約が地価より高い(売手優勢)、**負の値は成約が地価より低い(買手機会)**を意味します。単位はいずれも円/㎡、中央値ベースで集計します。
集計の前提を先に示します。成約は2021年第1四半期〜2025年第4四半期(5年)、地価は公示地価(public)・基準地価(standard)の最新年、price_categoryは成約価格情報のみ、成約 N≥30・地価 N≥5 のセルのみを採用しました。
全国の全体像 — 成約は地価を中央値+91.3%で上回る
全国2423セル(N=2423)を集計すると、乖離率の中央値は +91.3% です。成約中央値が地価中央値を大きく上回る構造が、全国規模で確認されます。
| 区分 | 乖離率・割合 | N |
|---|---|---|
| 全体の乖離率中央値 | +91.3% | N=2423 |
| 成約が地価より高いセル(売手優勢) | 88.7% | N=2423 |
| 成約が地価より低いセル(買手機会) | 11.3% | N=2423 |
88.7%のセルで成約が地価を上回り、売手優勢の構造が多数派です。一方、11.3%では成約が地価を下回り、買手機会のセルも存在します。ただし、この全体像だけでは「どの地域が極端か」は見えません。次の2セクションで、住宅地マンションに絞ったランキングを示します。
成約が最も地価を上回るのは地方 — 住宅地マンションの売手優勢ランキング
住宅地・中古マンション等に限定すると、成約が地価を大きく上回る市区町村は、首都圏ではなく地方のリゾート・地方都市に集中します。
| 順位 | 市区町村 | 乖離率 | N(成約/地価) |
|---|---|---|---|
| 1 | 軽井沢(長野) | +1039.7% | N=332 / N=13 |
| 2 | つくばみらい(茨城) | +914.5% | N=89 / N=17 |
| 3 | 宇部(山口) | +829.5% | N=70 / N=29 |
| 4 | 出雲(島根) | +808.0% | N=55 / N=25 |
| 5 | 霧島(鹿児島) | +795.5% | N=35 / N=19 |
| 6 | 小樽(北海道) | +749.4% | N=260 / N=44 |
軽井沢は +1039.7%(N=332 / N=13)で、成約中央値が地価中央値を大きく上回ります。つくばみらい(+914.5%、N=89 / N=17)、宇部(+829.5%、N=70 / N=29)と続き、いずれも地方の市区町村です。小樽(+749.4%、N=260 / N=44)は成約件数が比較的多く、データの厚みがあります。
価格水準の対比も示します。軽井沢では成約中央値 564,171円/㎡に対し地価中央値 49,500円/㎡(N=332 / N=13)です。成約市場の水準が公示・基準地価の評価額から大きく離れている典型例です。
成約が地価を下回るのは東京核心3区 — 買手機会のランキング
逆に、成約が地価を下回る(買手機会)市区町村の代表は、東京の核心3区に集中します。
| 順位 | 市区町村 | 乖離率 | N(成約/地価) |
|---|---|---|---|
| 1 | 千代田区(東京) | -58.8% | N=1438 / N=13 |
| 2 | 港区(東京) | -28.9% | N=6204 / N=35 |
| 3 | 大山崎町(京都) | -14.5% | N=99 / N=8 |
| 4 | 中央区(東京) | -13.9% | N=5425 / N=10 |
| 5 | 狭山市(埼玉) | -9.9% | N=517 / N=31 |
千代田区は -58.8%(N=1438 / N=13)で、成約中央値が地価中央値を大きく下回ります。港区(-28.9%、N=6204 / N=35)、中央区(-13.9%、N=5425 / N=10)と、東京核心3区が上位を占めます。
価格の対比を見ると、千代田区は成約中央値 1,375,000円/㎡に対し地価中央値 3,340,000円/㎡(N=1438 / N=13)です。港区は成約 1,472,727円/㎡・地価 2,070,000円/㎡(N=6204 / N=35)。地価公示上の評価額が成約市場より高い水準に位置する構造です。
なお、全国住宅地の地価中央値TOP10は全10市が東京23区(N=1077)であり、千代田区の地価中央値 3,340,000円/㎡(N=13)は全国1位です。一方、全国住宅地の地価中央値は 49,500円/㎡(N=1077)と、トップと全国中央の差は大きいです。
用途別の構造 — 商業地はほぼ均衡、工業地の乖離が最大
用途別に見ると、乖離率の中央値は大きく異なります。
| 用途 | 乖離率中央値 | N |
|---|---|---|
| 工業地 | +133.2% | N=342 |
| 住宅地 | +87.6% | N=1199 |
| 商業地 | +2.9% | N=534 |
工業地は +133.2%(N=342)で用途別最高、商業地は +2.9%(N=534)でほぼ均衡に近い水準です。住宅地は +87.6%(N=1199)で、全体構造(+91.3%)に近い位置づけです。
住宅地の中でも種別差があります。中古マンション等は +115.3%(N=530)、戸建て(宅地・土地と建物)は +77.8%(N=669)で、マンションのほうが乖離が大きい傾向です。
工業地についての注意: 市区町村粒度では工業地624セル(N=624)のうち 71.4% が地価地点数N<5に該当し、参考扱いとなります。工業地の乖離率ランキングは、N不足の影響を受けやすい点に留意してください。
公示地価(public)の乖離率中央値は +86.8%(N=1202)、基準地価(standard)は +94.3%(N=1078)で、いずれも成約が地価を上回る構造は共通です。
なぜ逆転が起きるのか — 複数の仮説として整理する
「地方リゾートで成約が高い」「東京核心3区で成約が低い」という逆転は、単一の原因では説明できません。データから読み取れる範囲で、複数の仮説を並列に提示します。
仮説1: 地価公示の評価時点と市場時点のラグ
公示地価は毎年1月時点の評価であり、成約は2021〜2025年の5年間の市場実績です。評価時点と取引時点のズレが、乖離率に反映される可能性があります。ただし、ラグだけでは地域間の逆転を完全には説明できません。
仮説2: 2021〜2025年のマンション市場の需給
住宅地マンションの乖離率(+115.3%、N=530)は戸建て(+77.8%、N=669)より大きく、マンション市場の需給が地価評価と乖離しやすい期間だった可能性があります。軽井沢や小樽などリゾート地の成約高は、この要因と重なる可能性がありますが、個別物件の価格を断定するものではありません。
仮説3: 地価TOP10が全て東京23区という構造
地価中央値の上位は東京23区に集中し(全10市が東京23区、N=1077)、千代田区が全国1位(3,340,000円/㎡、N=13)です。地価評価の水準が高いエリアでは、成約が地価を下回るセルが生じやすい構造がある可能性があります。逆に、地価中央値が相対的に低い地方では、成約市場の水準が上回りやすい、という読み方もできます。
いずれの仮説も、本データだけでは因果を確定できません。読者ご自身の地域・物件種別・時期を踏まえた判断が必要です。
売買への実務 — 乖離率をどう読むか
乖離率は「公示地価と成約市場の距離」を示す指標であり、個別物件の売買価格を約束するものではありません。ただし、データから読み取れる実務上の要点は次のとおりです。
- 全国では成約が地価を上回る構造が多数派: 中央値+91.3%(N=2423)、88.7%のセルで売手優勢。
- 地域で逆転する: 住宅地マンションでは軽井沢+1039.7%(N=332)のような地方リゾートが成約高、千代田区-58.8%(N=1438)のような東京核心3区が成約低。
- 用途・種別で読み方が変わる: 商業地+2.9%(N=534)はほぼ均衡、工業地+133.2%(N=342)はN不足に注意。
- 地価公示は固定資産税等の基準: 評価制度そのものの是非ではなく、評価額と市場価格の関係を把握する材料として使う。
ご自身の物件がどの構造に近いかを知りたい場合は、無料査定を依頼 からご相談ください。地域別の価格構造は 都道府県別の値動き(T-001) や 東京都の詳細(/prefecture/13) もあわせてご参照ください。
集計条件: 出典(成約)=国土交通省「不動産取引価格情報・成約価格情報」/出典(地価)=国土交通省「地価公示・基準地価」/期間=成約2021年第1四半期〜2025年第4四半期(5年)/地価=公示(public)・基準(standard)・最新年/結合キー=市区町村コード(5桁)/単位=円/㎡の中央値/乖離率=100×(成約中央値−地価中央値)/地価中央値(正=売手優勢、負=買手機会)/price_category=成約価格情報のみ/フィルタ=成約 N≥30・地価 N≥5/工業地は市区町村粒度で71.4%がN<5(参考扱い)。
出典: 国土交通省 不動産取引価格情報・成約価格情報 / 地価公示・基準地価