地価公示と実勢価格は何が違うのか
土地の価格には、大きく二つの見方があります。一つは地価公示(公示地価)で、国土交通省が毎年1月に全国の標準地について発表する評価額です。固定資産税や相続税の算定基準、銀行の担保評価の参考とされる「公的な指標」です。もう一つは実勢価格で、実際に売買が成立した市場価格を指します。
両者は同じ土地を対象にしながら、目的が違います。公示地価は税負担の公平性を担保するため、保守的・安定的に評価される傾向があります。実勢価格は需給で動き、好況時には公示を上回り、軟化時には下回ります。そのため「公示地価は実勢価格の7〜8割程度」という通説が不動産業界で広く語られてきました。
しかし、この「7-8割」は本当にデータで確かめられるのでしょうか。本記事は、国土交通省の**実際の宅地取引データ(不動産取引価格情報・2021〜2025年)と公示地価・基準地価(全国41,416地点)**を市区町村別に結び、実勢価格÷公示地価の「倍率」を全国47都道府県・用途別に定量化して、通説を検証します。
「公示は実勢の7-8割」は本当か — 全国3042セルで検証
全国1082市・47都道府県で、実勢価格と公示地価を市区町村ごとに対応付け、倍率(実勢価格÷公示地価)を算出しました(計3042セル)。
| 指標 | 数値 |
|---|---|
| 倍率中央値(実勢/公示) | 1.04倍 |
| 実勢が公示より高いセルの割合 | 52.7% |
| 倍率P25(下位25%点) | 0.75倍 |
| 倍率P75(上位25%点) | 1.43倍 |
全体の倍率中央値は1.04倍で、ほぼ拮抗しています。「公示は実勢の7-8割(=倍率1.25-1.43倍)」という通説は、実測を大きく下回ります。実勢が公示より高いセルは52.7%に過ぎず、残り47.3%では逆に公示地価が実勢を上回っています。倍率は0.75倍〜1.43倍の間に半分が収まるばらつきで、「公示は概ね実勢より低い」という単純な図式は成り立ちません。
なぜ通説と実測が乖離するのか。次節以降で、用途別・取引種別別に分解すると、その理由が見えてきます。
用途で倍率の向きが逆転する — 工業地1.39倍・商業地0.64倍
土地の用途別に倍率を見ると、向き自体が分かれることがわかります。
| 用途 | 倍率中央値 | 実勢高め割合 | 実勢中央値(円/m²) | 公示中央値(円/m²) | N |
|---|---|---|---|---|---|
| 工業地 | 1.39倍 | 80.2% | 110,883 | 77,900 | 358 |
| 住宅地 | 1.11倍 | 58.9% | 55,000 | 50,400 | 2,116 |
| 商業地 | 0.64倍 | 12.3% | 142,396 | 226,500 | 568 |
工業地は倍率1.39倍で、実勢価格が公示地価を大きく上回ります。物流ブームや工場跡地の再開発需要が、公示地価の評価額を市場実勢が上回る構造です。一方、商業地は倍率0.64倍と、公示地価が実勢を大きく上回ります。商業地の公示中央値は226,500円/m²ですが、実勢中央値は142,396円/m²で、実勢が公示を下回るセルが87.7%を占めます。都心の商業地では公示地価が比較的高く維持される一方、実際の取引は店舗需要の縮小等で押し下げられていると読めます。
住宅地は1.11倍で、工業地と商業地の中間に位置します。用途が変わるだけで倍率が0.64倍から1.39倍まで2倍以上動くため、「公示は一律に実勢の何割」という議論は成立しません。
建物価値が差をこじらせる — 宅地(土地と建物)1.40倍 vs 宅地(土地)0.81倍
実勢側のデータは取引種別(type)でも分かれます。宅地取引には、土地だけの「宅地(土地)」と、土地と建物がセットの「宅地(土地と建物)」があります。
| 取引type | 倍率中央値 | 実勢中央値(円/m²) | 公示中央値(円/m²) | N |
|---|---|---|---|---|
| 宅地(土地と建物) | 1.40倍 | 95,648 | 65,100 | 1,538 |
| 宅地(土地) | 0.81倍 | 51,000 | 67,525 | 1,504 |
ここが通説の謎を解く鍵です。宅地(土地と建物)の単価には建物の価値が含まれます。 公示地価はあくまで土地単独の評価額です。そのため、土地と建物が合わさった取引単価を実勢とみなすと、建物価値の分だけ実勢が高く出ます。これが1.40倍という高めの倍率を生みます。
逆に、土地だけの「宅地(土地)」で純粋に地価同士を比較すると、倍率は0.81倍となり、公示地価が実勢を上回ります。つまり、通説の「公示は実勢の7-8割(倍率1.25-1.43倍)」という高めの感覚は、実は宅地(土地と建物)の取引単価に建物価値が含まれていることに由来する見かけ上の高さである可能性が高い、とデータは示唆しています。
実勢価格をどう定義するかで、倍率は0.81倍にも1.40倍にもなります。これが「全国中央値1.04倍」という中間的な値に落ち着く理由です。
都道府県別ランキング — 大阪1.25倍が最高、熊本0.80倍が最低
都道府県別の倍率を見ると、地域による偏りが浮かびます。
倍率が高い都道府県TOP(実勢が公示を上回る):
| 都道府県 | 倍率 | 実勢(円/m²) | 公示(円/m²) | N |
|---|---|---|---|---|
| 大阪府 | 1.25倍 | 206,487 | 154,250 | 212 |
| 青森県 | 1.21倍 | 30,652 | 17,800 | 38 |
| 秋田県 | 1.18倍 | 20,357 | 15,150 | 26 |
大阪府は倍率1.25倍で全国トップです。大都市圏で再開発需要が高く、実勢が公示を上回る構造がはっきり出ています。一方で青森・秋田といった地方も並びます。これらの地域では公示地価が相対的に低く設定される一方、実勢取引(特に土地と建物セット)がそれを上回る水準で成立しています。
倍率が低い都道府県BOTTOM(公示が実勢を上回る):
| 都道府県 | 倍率 | 実勢(円/m²) | 公示(円/m²) | N |
|---|---|---|---|---|
| 熊本県 | 0.80倍 | 40,000 | 45,800 | 36 |
| 徳島県 | 0.84倍 | 47,334 | 41,100 | 18 |
| 大分県 | 0.85倍 | 25,500 | 29,300 | 32 |
熊本県は倍率0.80倍で、公示地価が実勢を上回る全国最低です。公示中央値45,800円/m²に対し実勢中央値は40,000円/m²で、市場が公示評価を下回っています。倍率が1を割る地域は徳島・大分など地方に偏り、地方では公示地価が実勢をやや上回る傾向が見えます。
東京都の倍率は1.01倍で、全国中央値(1.04倍)に近くほぼ拮抗しています(実勢460,000円/m²・公示527,250円/m²)。公示がやや高い水準で、東京核心部では商業地の重みが公示を押し上げていると読めます。
都道府県別の分布を見ると、倍率1.0倍前後に集まる地域も少なくありません。神奈川県は1.02倍、福岡県は0.99倍、和歌山県は0.97倍で、いずれも実勢と公示がほぼ一致しています。一方、倍率が極端に開く地域には偏りがあり、高い側(大阪・青森・秋田)には大都市圏と地方の双方が入り混じるのに対し、低い側(熊本・徳島・大分)は地方に集中します。同じ「公示地価を参照する」場合でも、所在都道府県によって公示が実勢より高いか低いかが逆転し得ることをデータは示しています。
公示地価と基準地価でも違う — source別の差
公示地価には、国が発表する「地価公示(public)」と、都道府県が発表する「基準地価(standard)」の二系統があります。
| source | 倍率中央値 | 実勢高め割合 | N |
|---|---|---|---|
| 基準地価(standard) | 1.11倍 | 61.0% | 1,276 |
| 公示地価(public) | 1.06倍 | 54.3% | 2,370 |
基準地価の方が倍率が高く(1.11倍 vs 1.06倍)、実勢との乖離が大きい傾向があります。基準地価は7月時点の評価で公示より半年遅く、地点数も少なめ(都道府県裁量)であるため、評価の保守性や地点選びの差が影響している可能性があります。両者を混ぜて「公示地価」と一括りにせず、どちらの指標を参照しているかを意識することが精度の高い読み方につながります。
地価公示をどう読むか — 売買への実務
ここまでのデータを整理します。全国47都道府県の実勢/公示倍率中央値は1.04倍で、通説の「7-8割」は過度な単純化です。用途別では工業地1.39倍・商業地0.64倍と向きが逆転し、取引typeでも宅地(土地と建物)1.40倍に対し宅地(土地)0.81倍と分かれます。都道府県別は大阪府1.25倍が最高、熊本県0.80倍が最低です。
実務上の教訓は三つです。第一に、公示地価は税・担保の基準であって、売買価格の直接の予測値ではないこと。倍率は0.75倍〜1.43倍(P25-P75)と幅広く、用途や地域で向きさえ変わります。第二に、建物価値の含有に注意すること。土地と建物の取引単価を実勢とみなすと、建物分だけ高く見えます。第三に、自分の土地の用途と所在都道府県の傾向を照らすこと。工業地や大都市圏は実勢が公示を上回りやすく、商業地や一部の地方では公示が実勢を上回ります。
ただし、本データは市区町村粒度の中央値であり、個別物件の条件(立地、間口、接道、用途地域、権利形態)で価格は大きく変わります。地価公示はあくまで出発点であり、実際の売買価格を知るには個別の査定が必要です。正確な売却価格をお知りになりたい場合は、無料査定を依頼からご相談ください。
集計条件: 出典(実勢)=国土交通省「不動産取引価格情報」宅地取引(宅地(土地)・宅地(土地と建物))/集計期間=2021年第1四半期〜2025年第4四半期/出典(地価)=国土交通省「地価公示・基準地価」(data_year 2024・全国41,416地点)/単位=円/m²で両者を直接比較し倍率(実勢/公示)を算出/実勢側 city×type で N≥30、地価側 city×用途 で N≥5 のセルのみ採用/unit_price・current_price が NULL または0の行は除外/方法論的制約: 実勢 unit_price は宅地(土地と建物)の場合は建物価値を含む。公示地価は純地価。そのためtype別倍率の差は建物価値含有が主因。純地価比較(宅地(土地)のみ)では公示が実勢を上回る/都道府県別は N≥5セルの都道府県のみ/N数は各欄に明記
出典: 国土交通省 不動産取引価格情報・地価公示・基準地価